今年に入りようやく税制改正の話が本格化して来ました。そして、にわかに飛び出し(蒸し返され)てきたのが、今回のテーマであるJALの法人税減免に関する見直し論議。
そこで、当ブログにおいても、かかる議論が的を得た話なのか改めて考えてみることにしました。
先ずは各メディア(1/10付け)コメント抜粋は下記の通り。
■日経:自民党税制調査会、日本航空への法人税減免措置を見直す方向で一致。「公的資金をテコに再建した日航が繰越欠損金で利益を相殺し、法人税が減免されると、全日空などほかの航空会社との競争環境をゆがめる」との議員の主張に配慮。
■読売:自民党税調は、企業が赤字を翌年度以降の黒字と相殺できる「繰越欠損金制度」の見直しも含めて検討することになった。すべての企業は同制度を9年間利用できる。公的支援を受けた企業には、繰越欠損金制度の利用を制限することなどが検討対象になるとみられる。確かに、下記数値に示されるとおり、JALの2012/3月期連結決算は、営業利益2,000億円超/税引き前利益約2,000億円に対して法人税等は120億円と極端に少ない(実は、ANA自身も多額の繰越欠損金があるがゆえに法人税等は同じく少ないが。。。)。
また、繰越欠損金についても、勘定残高3,900億円もあり(正確な将来の利用可能額は不明だが)、およそ3,000億円を超える法人税負担が回避されることは十分想像できます。それゆえ、感情論としての税制優遇は不公平だとの主張は分らなくもないですね。
【JAL-ANAの連結業績比較(2012/3月期)】
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出所:各社有価証券報告書等からの抜粋さて、このような実態において、果たしてJALから”法人税減免”を取り上げることは可能なのでしょうか。そこで、先ずは法人税を含む課税概念の一般原則を少し考察してみようと思います。
①いわゆる税務否認が可能な税務処理プロセスに該当するか感情的議論はさておき、JALの法人税減免なるものが、(税)法的に税務否認を明確に適用できる解釈が可能かという論点をまずは考えてみます。
いわゆる法令解釈の一般プロセスを考えてみたとき、(1)事実の確定、(2)法令の発見または検認、(3)発見又は検認した法令の解釈適用、という三つの作業*が求められます。そして、いずれかのプロセスにおいて納税者の誤りがある場合に税務否認が可能になると言われています。
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林修三『法令解釈の常識』日本評論社(1975年)他を参照。(1)事実の認定:JALは会社更生法を申請し経営破綻した。
(2)法令の発見または検認:会社更生法に基づき財産評定を行い時価評価を行った(会社更生法83条②)。
(3)発見又は検認した法令の解釈適用:会社更生法に基づく時価評価に従い、当該評価替えにより生じた損益について、法人税法の規定により益金/損金の額に算入した(法人税法25条2項、同33条3項)。
ということで、上記に照らし合せて考えてみると、明らかに適切な税務処理プロセスを経て巨額の繰越欠損金が積み上がったといえますから、これらを否認することはかなりハードルが高いと思われます。
仮に、無理矢理税務否認ロジックを当てはめるとするならば、会社更生法において実施した
財産評定の時価が間違っていたと言うことぐらいでしょうか。確かに、この点は筆者の以前のブログ(「
日本航空(JAL)再上場に見られる再生企業の実態把握の難しさ」)においてもコメントしていますが、会社更生適用下の再生対象会社の純資産は債務免除によりほぼとんとんの純資産額になっていますから、過剰支援はないといい切れます。
他方、JALグループ全体としては、更生終了時点の2011/3月期における純資産が(何故か)2,000億円超となっていることから、「過剰支援があるのかな」と思わせるギャップが生じています。なので、この辺りの深掘りによる税務否認というのはあり得そうです。
もっとも、こういった財産評定の問題を税務調査で指摘するというのは、理論上可能ですが、とはいえ、裁判所認定の時価評価をひっくり返すには相当の客観分析と理論武装が必要ですから、恐らく課税当局においては現実的な話にならないように思います。
結局、論点①についての課税ロジックは否定的というのが結論。
②いわゆる租税回避行為概念の当てはめは可能かこの点も結論から言うと、かなりハードルは高いでしょう。例えば、一般論として税務否認しうる租税回避行為のロジックは下記のようなもの*があると言われています。
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「武富士最高裁判例の総合的研究~租税回避と住所認定の是非~」(2011年)大淵博義/中央大学の論文参照(1) 仮装行為(通謀虚偽表示)
(2) 狭義の「講学上の租税回避行為」:異常、不合理な行為形式を選択して得られた経済的成果(経済的意義)が、通常採用される合理的行為による経済的成果と同様であるにもかかわらず、異常、不合理な行為形式の租税負担が減免されている場合の当該行為
(3) 事実認定の実質主義…納税者が採用した外形上の法形式と現実の経済的成果(意義)とが齟齬を来たしている場合に、その現実の経済的成果を生み出す法形式が、納税者の意図した真に法形式と認定する。
(4) 個別否認規定による否認対象行為
そして、上記いずれかのロジックをJALケースに当てはめるとしても、JALが行った会社更生→資産評価減→巨額の繰越欠損金計上という一連の行為を、「租税回避行為」と認定するのは、かなり(ほとんど?)難しそうです。
やはり、感情論だけで課税を実現させるというのは難しいものなのです。
③立法論での対応は可能かそこで湧き上がる議論としては、新たな立法を行い課税するというロジック。
しかしながら、このロジックに関しても筆者はかなりネガティブな感覚を有しています。要するに、租税の大原則である「租税法律主義」(憲法30条、同84条)に抵触するからです。
この論点を大きくクローズアップしたのが、有名な武富士事件*です。判決における裁判長の補足意見にその論点が集約されていると言えます(下線は筆者による)。
(最高裁判所第二小法廷平成20年(行ヒ)第139号贈与税決定処分取消等請求事件)
一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは、違和感も生じないではない。しかし、そうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。けだし、憲法30条は、国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し、同法84条は、課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。納税は国民に義務を課するものであるところからして、この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。そして、厳格な法条の解釈が求められる以上、解釈論にはおのずから限界があり、法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば、立法によって解決を図るのが筋であって、裁判所としては、立法の領域にまで踏み込むことはできない。後年の新たな立法を遡及して適用して不利な義務を課すことも許されない。結局、租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども、やむを得ないところである。
以上より、JALに対する法人税減免を見直すということは、税法ロジックするからするとかなりハードルが高いというのが筆者の結論になります。
もちろん、課税当局が無理矢理何らかの法的根拠を当てはめたり、新たな立法措置によって課税する可能性はゼロではありませんが、その場合に想定されるは、上記武富士事件に見られる法廷闘争でしょう。しかしながら、租税法律主義に反する課税措置は勝てる見込が低いと思われます。
従って、JAL側の主張する「繰越欠損金はルールとして制定されており、JAL特有の支援ではない。業績だけ見て不公平とする議論は受け入れられない」とのロジックは至極当たり前とも言えます。
④まとめ最後に全体を整理します。
まず、「欠損金の繰り越し」は諸外国でも制度化されているし、JALだけに与えられた救済措置でもなく、全ての法人に与えられた制度として存在しています。ですから、巨額の繰越欠損のみをもっておかしいと主張するのはかなり無理があります。
他方、欠損の繰り越しは、自らの経営努力によって黒字になった企業に認められる優遇措置につき、国策救済である税金&企業再生機構関与より再建された企業を想定した制度でないからおかしいとの主張も、それなりに合理的です。
加えて考えるべきは、国策として投入した当初の3,500億円は、上場によりほぼ倍になって回収されていますから、支援措置が不適接/過剰支援だったとの主張もやはり弱いという点です。
要するに、不公平だとする主張は、どちらかというと感情論から来るもので、理論的に反論しづらいのというのが実態のように思えます。
ということで、税的視点からこの問題を解決しようとするのではなく、別のロジック(産業政策とか、補助金対応とか)を当てはめて競争環境不公平を是正すべきが近道、というのが筆者の結論。もちろん、これらの施策でも、独禁法上の論点や、その他の法的論点が別途湧き上がるだろうから、一筋縄でいかないだろうと思います。
いずれにしても、課税対応にてJAL-ANA不公平問題の解決を図るとするなら、既述の通り泥沼論争に陥る可能性あるから、筆者のみならず税務のプロ達としては、この行く末はかなり注目すべきところではないでしょうか。
そうはいっても、個人的には、やはり複数航空会社が競ってくれないとサービスも価格も改善されないから、JAL-ANAは、いつの時代であっても良い意味でライバル関係を維持して欲しいと思う次第。
終わり。
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