業務の都合からブログアップが1週間滞ってしまいました。
その間にも様々なイベントがあったのですが、昨日(12/10)についに開示された日の丸半導体大手のルネサスエレクトロニクス(6723、以下「ルネサス」といいます。)における第三者割当増資(以下、「本件増資」といいます。)に関する開示内容を見て、簡単に考察してみようと思います。
ルネサスについては、本ブログでも以前(9/24)に見ています(
「ルネサスエレクトロニクス再生における新たな動き<ソブリン・ファンド的発想が動き出す一つの試金石になる可能性>」を参照)から、産業革新機構が支援スポンサーとなって再生が動き出すことについて特段の驚きはありません。
唯一、驚いたというか、良くやったなと思うのが、開示された第三者割当増資に係るタームです。
詳細開示はこちら:第三者割当により発行される株式の募集並びに主要株主、主要株主である筆頭株主、親会社及びその他の関係会社の異動に関するお知らせ既に報道でもいろいろ解説されていますから詳細省きますが、非常にプレーンな第三者割当増資を行うもののようです。ただし、筆者が感じる本件増資の特徴は次の点。
①大幅な希薄化が生じること:希薄化率=75%(増資後株数ベース)
②発行価額が現行PBRを大きく下回ること:およそ純資産ベースの50%
いずれにしても、本件増資は大幅希薄化を伴うものの、当然ながら資金調達の必要性や資金使途の合理性などについては何ら疑義のあるところではありません。また、そもそもの支援背景として、日の丸半導体をオールジャパンで支えるというものですから、従来からソブリンファンド(SWF)を期待する筆者としても、本件ディールのような取引は基本的に大賛成なのです(というか、しっかり再生させて欲しいと思っています)。
さて、前置きが長くなりましたが、本ブログの関心としては、ルネサスという個別の話というよりも、いわゆるPBR1倍割れした特に有利な発行価額による第三者割当増資の意味合いというものを考えてみようと思います(相変わらずの長文につき失礼します)。
1.【PBR1倍割れの発行価額が支持される理由について】本件増資のような発行価額がPBR1倍を大きく下回る増資が許容されるのは、筆者の整理としては以下の2つに分かれると考えています。
①価値創造期待によるもの=増資により得た資金を用いて価値創造が可能となることを前提とする→要するに価格ディスカウント以上の投資効果が期待されること
②実態価値反映によるもの=実態価値(≓修正純資産価値)が表面純資産より低く、発行価額と同等水準かそれ以下であるため→すなわちバランスシートに潜むリスク要因を考慮した回収可能額が見た目より低いこと
①においては、リスクを取って資金拠出する投資家に相応のインセンティブを与えないと、本件のようなシチュエーションでは誰もリスクマネーを拠出しないから、当然に与えるべきアップサイドであると位置づけられます。その場合であっても、どこまでインセンティブを付与するのが適切かという議論は常に残ります。
②においては、「実は開示されたBS純資産の実態価値が間違っているので、正しい実態価値に引き直してみたら発行価額水準が修正PBRと同等だった」という考えが背景にあります。再生局面にある会社ではこういった実態価値修正がよく見られるものです。
翻って、あまり予備知識や専門知識のない株主の発想を考えてみると、会社の解散価値=PBR1倍なのだから、仮に事業を停止し自主解散したら同程度の残余財産分配があってしかるべきだろう、との感覚があります。つまり、事業破綻の懸念がゼロでない会社における株式の価値というものは、原則純資産価値だろうと素直に思うわけです。なのでPBRを大きく下回る増資に対しては、素朴に「何でだろう?」との抵抗感を覚えるものです。
本件において、仮に②の想定が当てはまるとするなら、実は公表BSにおける純資産額は(投資価値評価という意味においては)間違っていることになりますから、今回提示された単価120円が修正純資産価値を表わすとしたらかなり怖いことですね。
例えば、過去における大型倒産案件においては、継続企業を前提とした場合にはBS純資産価値はそれなりにあったものの、いざ倒産(法的整理)状態に陥ると、大幅債務超過が露呈したということが多く見られました。なので、詳細にDDを実施した投資家が判断したPBR1倍割れ価格というのは、何となくそういった可能性をイメージしてしまいます(もちろん、ルネサスがそうだという訳ではありません)。
以上を踏まえると、既存株主的に対しての説明は、やはり上記①の理由(=インセンティブとしての大幅ディスカウント)を基にしたものであるとしないと、大幅希薄化が予定される発行条件について納得感を得るのは難しいのではないかと筆者は感じます(当然ながら、本件増資においては、①の立場を採用しているものとリリース文面からは読み取れます)。
ところで、本件増資のターム開示においては、発行価額決定に際して第三者算定機関から株式価値評価の算定書を得ているとのコメントがありました(下線は筆者による)。
なお、当社は、本第三者割当増資の発行価額を取締役会において決議するための参考として、当社及び産業革新機構から独立した第三者機関である株式会社プルータス・コンサルティングに株式価値の評価を依頼し、当社が提供した事業計画等に基づいたDCF法による評価結果として、当社の普通株式1株当たりの株式価値を38 円~265 円とする算定書を取得致しました。なお、1株120 円とする発行価額は、当該評価結果の範囲に該当するものであります。当該算定書によれば、企業価値を評価するには、その企業の収益力を評価することが原則であることから、まずは、将来の収益獲得能力を直接的に評価したうえで、固有の性質を評価結果に反映するインカム・アプローチを採用するものとされており、また、当該アプローチの中でも、将来の収益力に基づき企業価値を評価する最も理論的な手法であり、かつ、最も広く利用されている評価手法であるDCF法を採用するものとされております。
要するに、キャッシュフローをベースとした自社の理論株価は1株38円~265円の範囲にあるとのこと。従って、増資価額120円は当該レンジの範囲にあるから合理的だというものです。これだけ見ると、何となく「そんなもんかな」と思ってしまうのですが、よくよく見ると、理論株価の大半は純資産を下回った水準でレンジが示されています。
そして、更に気になるのが、評価に用いた手法はDCF法だけでいいのかな?というもの。前述の通り、ある意味、本件のようなケースにおいては解散価値との比較論もある訳なので、理論株価の合理性についてはより多面的に検証することが望ましいのではと、個人的には感じるのです。
さて、話を整理するためにそれぞれの価格(=ひと株当り価値)を対比させてみたのが下記図表。
*
比較を簡略化するため、時価については12/7終値を採用していますこうして対比させてみると、解散価値を大きく下回る理論株価が示される中で、既存株主が信じる株価水準はそれらを超越している現実が有り、その中で合理的と判断した増資発行価額は純資産を大幅ディスカウントする状況にあることが分ります。
これを見た限りにおいて、果たしてどこに適正水準があるかを正しく見極めるのは(専門知識に乏しい一般株主には)かなり難しいように思えます。少なくとも筆者においては、「うーん?」と悩む訳なのです。
結局、PBR1倍割れの発行価額が支持される理由を正しく理解するのは非常に難しい、というのが筆者の印象(かなり偏った見方においては、必要金額=1500億円を所与として支配権=66.7%確保を組み合わせてみたところ、発行価額が逆算されたのでは?と主張する人もいる気がします。。。決してそうではないと思うのですが)。
もちろん、本件増資に係る各種公正担保措置(例えば、「第三者算定機関から価格評価書取得」「独立役員らによる審議、および必要性・相当性意見の取得」といった手続きなど)は完璧ですから、何ら問題ない点は念のため付言します。
2.【既存株主の対応と説明責任】いずれにしても、本件増資においては「特に有利な発行」につき、既存株主の理解と支持を得るため臨時株主総会を開催し、本件増資に係る承認(ただし、特別決議)を得ることが予定されています。
この手続きは会社法上定められたものにつき、承認されればそれ以上異議を申立てることは出来ません。
もっとも、「不公正発行」に関する差し止め請求なども会社法上の手続きはあるのですが、近時は、資金調達目的が支配権維持目的に優越するならば「不公正」とみなさない、いわゆる”主要目的ルール”が判断基準として採用されていますから、「不公正発行」による異議申立の難易度は高いでしょう。本件増資に関しては、名実共にも資金調達の必要性が明らかであるから、このような「不公正発行」を主張することは難しそうに思えます。
ですから、既存株主が本件増資における自己主張をしうる場としては、唯一、(臨時)株主総会のみになるといえます。そして、大幅希薄化を伴う増資に反対する株主の出口として選択しうるのは、市場売却のみしかありません。各種組織再編に手続きに見られるような反対株主の買取請求権などありませんから、結局、既存株主の採用しうる選択は、株主総会での説明を聞いた上で、納得すれば継続保有することになりますし、納得がいかない場合には市場で売却して株主の地位を離脱するの二者択一しかないのが現状です。
従って、本件増資のような金額インパクトの強い取引においては、(臨時)株主総会における取締役の説明責任というものは非常に重視されるべきだと思うのです。
ちなみに、取締役の説明義務に関する会社法の規定は、§199条3項に示されており、「~特に有利な金額である場合には、取締役は、(途中省略)株主総会において、当該払込金額でその者を募集することを必要とする理由を説明しなければならない」、としていますから、恐らくですがしっかりとした質疑応答が行われることが期待されます。
とにかく、前述1で指摘するように非常に判断の難しい取引事案に思えますから、丁寧な説明を加えるのは、発行承認手続きとして非常に重要だといえます。
3.【まとめ】エクイティファイナンスというのは、投資家において、①バリュエーションをいじって経済価値を整合させるやり方と、②ファイナンス・タームを(真剣に)工夫することでリスク&リターンの経済価値を整合させるやり方の2通りがあると理解していますが、本件増資はどうやら①の手法を採用したようです。
バリュエーションをいじる=投資家有利=株主総会承認となりますから、承認されれば何ら問題は生じないとも言えます。しかしながら、「第三者算定機関から価格評価書を得た」「独立役員らによる審議、および必要性・相当性意見の取得」といった形式要件が整っている旨を株主総会で説明するだけでなく、実質的に納得感を与える合理的説明が株主総会にてなされることを期待したいものです。
いわゆる組織再編やMBOなどにおいては、近時、反対株主における買取請求権行使において、「公正な価格」を巡る裁判事例が多く見られるようになってきました。そのため、少数株主の権利保護の視点を踏まえた裁判所的価値判断の基準が徐々に明確になってきています。
他方、ファイナンス取引においては、このような裁判所関与による「公正な価格」を巡る価値判断を求めることが、手続き上出来ないままとなっています。しかしながら、大幅希薄化を伴う”潜在的M&A”ファイナンス取引では、残念ながら株主総会における説明のみが唯一の価値判断の場となっている現状があります。そして、本当にそれでいいのかという問題意識が筆者にはあります(要するに、専門知識の乏しい一般株主に、「株主総会」という場のみを通じて本当に正しい価値判断が出来るのだろうかというもの)。
*「公正な価格」と「特に有利な価格」に関する価値判断の概要(以前のブログにて利用したものを再掲) なお、反対株主の買取請求権に関する概要は、
「会社法における株式評価の近時の流れ」(筆者HPより)を参照ください。
以上、ルネサス事例に限らず再生局面に突入した企業においては、大幅希薄化ファイナンスが行われるのが一般的ですから、「特に有利な価格」につきその意味合いを、あえて考えてみることにしました。
↑上記一連について、異なる見解などあれば遠慮なくコメントください。参考にさせて頂きます。
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